忙しさが美徳だと思っていた…今でこそ、人生の信条は「ノンビリ」だが、 昔は真逆の生き方だった。 むしろ、ノンビリするとかゆっくりとか休むとかは、 罪悪感しか感じなかったし、そういう生き方は大嫌いだった。 では、何故「ノンビリ」を信条とするようになったかといえば、 それは病気が原因だった。 身体を壊して、否応なく入院生活を強いられて 朝から晩まで何もすることが無く、起きては寝て 寝ては起きてを繰り返す毎日を送った。 その時、今まで仕事ばかりの人生で、 自分は何と薄っぺらな人生だったのだと否応なく気づかされた。 それまでの人生を振り返って考えてみると、 確かに学生時代など、趣味は沢山あった。 だが、いつの間にか趣味に費やす時間は減り、 仕事一辺倒になっていた。 それはそれで、構わないと思っていた。 だが、自分が思っているほど 人生は長くないことに気が付いた。 知らない間に、若いと思っていたが、そうでは無くなっていた。 もちろん社会的にみれば、まだまだ若い年齢であることには変わりない。 しかし、一度そう考えるようになると、 何だかとても勿体ない人生を送ってきたのではと 後悔するようになっていった。 もちろん、一生懸命に働くことは決して悪いことじゃない。 だが、それだけで人生を終わるなんて、なんて味気ないと思った。 入院中、病室に持ち込んだノートPCで ネットサーフィンをしていた時に、ある言葉が目に飛び込んできた。 「色々と挑戦すればよかった、言い訳ばかりしないで、 もっと挑戦すれば良かった。 あなたは、そう思いながら人生の最晩年のある日、床に就いた。 目が覚めたら、今、神様がチャンスをくれて数十年若返って、 今この場にいて、PCの画面を見ている。 あれほど後悔した人生に、別れを告げるのは今しかない! これが、神様がくれた最後のチャンスなんだから。」 この文章を読んで、私は今までの生き方とは 真逆の「ノンビリ」を信条にして生きていこうと決意した。 真逆の生き方をしてみて、見えてきたものが沢山あった。 あれもこれも!と、あくせくしながら時間を気にして 毎日を送っていたころに比べて、却って人生は豊かになった。 今では「ノンビリ」が人生の余裕を運んでくれたような気がする。 そんなことを考えながら、今こうして日記を書いている。 |